祭りの晩
山の神の祭りの晩、主人公の亮二は、団子の代金が払えず、店の主人や村の人たちにいじめられている山男を助けます。家に帰ってその様子をおじいさんに話していると、外で大きな音がします。
岩手県に伝わる「山男」をモチーフにした作品です。人々から差別され、仲間外れにされる山男の、素直で律儀な性格に心をうたれ、亮二は勇気をふるって助けます。山男はそのお礼に山のような薪と栗の実を持ってきます。一言も言葉を交わさない、山男と少年の心の交流が、なつかしい「祭りの晩」の風景とともに描かれています。
セロ弾きのゴーシュ
金星楽団でセロを弾くゴーシュは下手くそで楽長さんに叱られてばかりです。
夜、ひとりで一生懸命練習していると、動物たちがやってきます。
この作品は賢治さんが亡くなった翌年の1934年に発表されました。賢治さんは亡くなる直前までこのお話を何度も何度も書き直しています。賢治さん自身も農民楽団の実現と、自分の詩に曲をつけて演奏することを目指してチェロの練習をしていました。
芸術は誰のためにあるのか、芸術家を育てていくのは誰なのか、答えを探し求めた賢治さんの生涯と、音楽家ゴーシュの格闘が重ねられたお話です。
児玉房子(ガラス絵作家)
ふじたあさや(台本・演出)
1934年、東京生まれ。早稲田大学演劇科在学中に、福田善之と合作した最初の作品「富士山麓」で、劇作家としてのスタートを切る。
その後は、ラジオ・ドラマ、テレビ・ドラマ作家として活躍。その傍ら、1965年から劇団三十人会で、劇作家、演出家として仕事をするようになり、1973年からはフリーで、前進座、文化座、青年劇場などに戯曲を提供。
1992年には、「しのだづま考」で文化庁芸術祭賞受賞。日本演出家協会元理事長
演奏曲(それぞれの曲の1部を編曲)
▢ベートーベン作曲「田園」
▢宮沢賢治作曲「月夜の電信柱」
▢バッハ「無伴奏チェロ組曲プレリュード」
など。
初演感想 「楽しく、温かく、心安らぐ空間」
舞台人にとって、経験や技術よりも大切なことがある。それは「人に愛され、信頼されること」。松本英司、まつもとぎんこ夫妻による「ポカラの会」の公演「イーハトーブのふたつのお話」(2月10日・東海市芸術劇場)を見て、この夫妻がそうであることに気づいた。
今回は宮沢賢治の「祭りの晩」と「セロ弾きのゴーシュ」。児童のための作品だったが、それだけに夫妻の人間性がより強く感じられた。楽しく、温かく、心が安らぐのである。他の観客も同じ思いを抱いていることが、終演後の会話や穏やかな笑顔で分かった。
私が初めて見たポカラの作品は、杉原千畝の偉業をつづった「六千人の命のビザ」。次に見たのは現代の戦争を描いた「弟の戦争」。いずれも社会性の高いテーマを、生演奏や人形を使って分かりやすくかみ砕いた秀作だった。私はすっかりポカラのファンになった。
「セロ弾きのゴーシュ」では、松本が実際にチェロを演奏した。驚くほど良い音色だったが、それ以上に感心したのは、ぬうぼうとした松本の表情だ。トチリでさえ、彼の魅力になってしまう。名人とは、こういう人のことかも。(ナゴヤ劇場ジャーナル 上野茂)